それからえんぴつ

冷血人間

 何でなんだか、ほんと、何でなんだか分からないのですが、ナビキくんと“付き合う”ことになってしまいました。ナビキくんっていうのは、クラスで1番カッコ良くて、まあ、人気のある男の子なんです。対して私は、普通の人間、悪く言ってしまうと何の取り柄もない女の子なのです。
 そして今、これも何でなんだかちっとも分からないのですが、ナビキくんとふたりきりでポテト食べてます。いえ、お店に人は大勢居るのですが。
 奢るって言って聞かないナビキくんを何とか宥めて自分でお金を払いました。だって、一応付き合っているとはいえ、そういうのって良くないでしょ。お金のゴダゴダって面倒なんですよね。自分でお金を稼いでいるわけでは無いから余計に。
「別に良かったのに」
 そういうナビキくんに、面倒だから、と返しました。向かいに座っている彼は、とてもカッコよくて、モデルさんとかやれちゃうのではないかななんて思うのです。
「ん、何、なんか付いてる?」
 み、見つめていたんでしょうか…。
「ち、違っ。何でも無い…です」
 ナビキくんは、含み笑いをしてお食事を再開しました。どうしたら良いのでしょう? 男の子とふたりきりなんてシチュエーション、初めてなんです。会話も弾みません。
「ねね、この後どーする?」
 ポテト残り数本、というところでナビキくんに問われ、首を傾げました。私に問うてどうするつもりなんですか。私がデートコース考えてるとでも言うんですか…。
「や、その、どうでもいいっていうか…例えばどういうところに行くわけ? 不慣れなもんで」
 ちっとも分からない。今まで成り行きに任せてきましたが、どうすればいいのでしょう。
「んー。映画とか? 見たいのある?」
「えいが、ですか」
 見たいアニメ映画は放映されていますが、デートには不向きな気がします。感動モノとはいえ、アニメ映画。そんなので泣いているところを見られるのもちょっとなあ。
「いま、何やってるっけ?」
 仕方なくとぼけてみました。
「ん、ゴールデンウィークで色々やってるかんねえ。どういう系が好き?」
「どちらかといえばコメディ系かなぁ」
 思いっきりコメディ大好きですが、そう言うのは戸惑われます。ガハガハ笑うってのも…ね。
「コメディ? お笑い? だったらアレは?」
「アレ?」
「うん、あのさぁ、何だっけ、ちょっと推理モノでードラマでー。うぅ、タイトル思い出せん!」
「んまぁ、それで」
「え、でもさ、アニメ好きじゃなかった? やってんじゃん、今」
 何故知っているのでしょう。私を…見ていた?
「や、やってるけど…でも…」
「いいじゃん、見よう見よう」
 強引だなぁと思ったけれど、実はそうではありませんでした。私に気を使って、私が遠慮しないようにそういう言い方をしたんです、ナビキくんは。
 最初は意外でした。だって、いつも女の子にもてはやされているような男の子が、人に気を使えるわけ無いって思い込んでいたから。それなのに、ナビキくんはすごく気が回って。こういうところが好かれるのかなぁなんていまさらに思ったのです。

 映画は…予想通り、いや、予想以上でした。エンディングのところで未だにびーびー泣いていたら、ナビキくんが、
「案外涙もろいんだな」
 なんて言います。
「どういう意味?」
「いや、普段はクールじゃないですか。だからこういうの、“ばっかみたい”って言ってそうに思ってたんだけどね」
 クールって。今はカッコいいみたいな意味で使う言葉だけれど。冷たいって意味なんだよ。私は冷血人間じゃないよ。ちゃんと、トクトクと赤黒い血が流れていて。暖かい涙を流せる。
 ナビキくんの言葉は続いていた。
「でもね。うん、感動できるっていいよな。最近、何が悲しくて何がうれしいのか分かんなくってさ。嫌なこと嫌って言えるお前に憧れたりな。してたんだよな」
 そういって立ち上がろうとするナビキくん。その手を、何故か掴んでしまいました。
「行かないで」
 どこか、遠くへ行ってしまいそうで。ナビキくんは、私にとってそんなに大切な人だったかしら。
「行かないで、もう、行かないで」
 もう、ってどういうことでしょう。ナビキくんが私の前から消えたことがあった? 分からない。何にも分からないけれど。もう、行かないで。
「行かないよ。きっと、もう、どこにも行けない」
 それを聞いたら、すっと肩の力が抜けて。
「うん。うん」
 きっと涙は映画の名残。

「なぁ、もっかい、映画みねぇ?」
「え?」
「いやさぁ、もっかい見たら、泣けるかなぁと」
「んー。じゃあ、奢りなら一緒に行ったげる」
「りょーかい!」

2007年5月6日 野津希美

あとがき

っつー。おデートなんてわからないのです。