それからえんぴつ

ひのつね

雨が、降っていた。
黒い雲から、黒いアスファルトの地面へと。
ざーざーと音を立てて、雨が降っていた。

彼女はそこに、かさもささず、立っていた。家と家に囲まれた、細い道。まだ夕方だというのに、ほとんど光を持たない。それは、雨雲のせいなのか、立地のせ いなのか。
みじかい髪から、水滴が落ちる。それが肩をすべり、腕をすべり、たたんだままのかさへと溜まる。

どこからか少年が現れた。水玉模様のかさ。黄色い長靴。水たまりが音を立てる。
それは、ざーざーと言う雨音の中、目立つ音。ぴちゃん。ぴちゃん。
彼はかさをささない少女に一瞥を投げて、ふたたび、水たまりを蹴る。
ぴちゃん。ぴちゃん。
細い足に、しぶきがかかる。

通り過ぎてゆく少年が、ふたたびちらと少女に目を向けて、興味深げな顔をする。そしてふたたび歩きだし、水たまりを蹴る。
アスファルトの色を変えてしまった雨。音を立てる水たまり。

少年が通り過ぎ、十字路を折れて見えなくなった頃、少女はかさを広げた。
かさに落ちる、雨のつぶ。ぽつ、ぽつ。
それは、ざーざーという雨音の中、やたらと耳につく。

いっぽ、踏み出す。
いち、にい、さん、よん。
五歩あるいたところに、少年の蹴っていった水たまり。
蹴ると、ばしゃんと大きな音を立てた。

ぽつ、ぽつ。かさに落ちる、雨のつぶ。
そのまわりに聞こえる、ざーざーという雨音。
そんな音を奏でる道を、歩いてゆく。
どこか遠く、暖かい場所へ。

日はとっぷりと暮れ、空は黒く。
星のひとつも見えやしないのに。
どこからか、あの少年の、水たまりを蹴る音が聞こえた気がした。

2007年12月10日 野津希美