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それからえんぴつ
さめる
すれ違ったのは、確かに、彼だった。
「・・・コバヤシ?」
振り返った彼は、あのころとはまるで違う。
穴の開いた耳。同じく穴の開いて、鎖のぶら下がったズボン。そして、すさんだ目。その目に、私の姿は映ったのか映らないのか、何も言わずに去ってゆく、
彼。
ああ、こんなこと、誰が望んだろう。
もしも彼とすれ違うのなら、あんな目をした彼じゃなくて。ユニホームを泥だらけにしている彼が良かった。制服のボタンをたくさん開けている彼が良かった。ぼ
こぼこにつぶしたかばんをそれでも、大事そうに抱えているような、そんでもってキラキラ目を輝かせているような、そんなコバヤシに会いたかったのに。
“彼”は、いつだってクラスの真ん中に居た。野球少年で、運動神経抜群で、頭も悪くなくて、それで何より、わらっていたんだ。ひとをわらわすのだって得意
中の得意で、“授業の進行を妨げ”たりもしたけれど。
ああ、なんで。
そこで私は、あまりにいやな夢を見ていたことに、唐突に気がついたんだ。
了
2008年3月17日 野津希美
あとがき
発掘。