それからえんぴつ

どうして空が青いかって?

実は青くなんか無いんだよ。

青く見える?

きっと気のせいさ。

だっておれには、青くなんか見えないもん。



――ブルースカイ



ふらっと出た家。
ボロボロのシューズ。
つぶれたかかと。
俺の居ない家。

たどり着いた公園。
小さな砂場。
放られたスコップ。
誰も居ない公園。

足元の石。
蹴った右足。
汚れた靴。
飛んでった石。

石の飛んできた砂場。
石の当たったスコップ。
カツンと立った音。
遊ぶ人の居ない砂場。

眩しい太陽。
焼かれる黒い髪。
熱い頭。
頭を焼く太陽。




――どれもこれも、どうでもいいことばっかりだ。
靴が黒いのがなんだ?
持ち主のないスコップがなんだ?
暑いからなんだってんだ。
どうでもいい、どうでもいい。
いいお天気ねえ、なんて、天気なんかどうでもいいんだ。
空が青いだ?
空の色なんて、地上で暮らす俺になんの関係があるってんだ。
……どうでもいいんだ、そんなこと。

この瞳が鮮やかな色彩を見たのは、あいつが視野に居たときだけだ。
この耳が明瞭な音を聞いたのは、あいつが喋ったときだけだ。
この鼻が芳しい香りを嗅いだのは、あいつが隣に居たときだけだ。
この舌が美味しいと味わったのは、あいつと食べた料理だけだ。
この手が触っていたいと感じたのは――

ぜんぶぜんぶ、あいつのことばっかりだ。
気になるのはぜんぶ、あいつのことばっかりだ。
それ以外はぜんぶ、どうでもいい。
空の色なんて、どうでもいい。
どうでもいいことばっかりだ。

そうだあの日は暑かった。
最高気温を更新したとか言ってなかったか。
ジリジリと燃える太陽の下で、麦藁帽子をかぶったあいつ。
袖の無いワンピースから、真っ白な細い腕が伸びていた。
焼けない体質だって言っていたのを覚えてる。
うっかり日焼け止めを忘れて真っ赤になったのも。

海へ行った。
海水浴客はそれなりに居たが、混んでいるというほどではなかった。
あまりの暑さに泳ぐ気すら起きないといったところか。
海岸ではだしになろうとして、砂の熱さに参ってたあいつ。
けれどめげずに波打ち際へ走ったスカートの裾がはためいて、
なぜか消えてしまいそうな気がして慌てて後を追った。
ぬるい海水が足を濡らす。
しばらくパシャパシャと遊んだ後、ふとあいつは空を見上げた。
見て、空が真っ青。
そう言ってあいつは天を指差した。
あのときの空は、確かに青かったのに。

ああそれから、そのあと向かった黄色いひまわり畑の真ん中で、
ニッカと笑ったあいつの顔を、俺は死ぬまで忘れないと思う。
なぜあの時カメラを持っていなかったんだと後悔して、
それでも記憶は薄れていく。
忘れたくない。
できることならもう一度。
あのひまわり畑であの笑顔を。

はじまりがあれば、おわりがあるわけで。
この楽しい時間の種明かしは、つまりそういうことだった。

ねえ、覚えてますか。
あのあと向かった小さな公園。
あそこで交わした言葉、覚えてますか。
俺は、覚えています。
きっと、これからも覚えています。
だからもう一度だけ。

あの笑顔と、

青い空が、

見たいです。




どうして空が青いかって?

実は青くなんか無いんだよ。

青く見える?

きっと気のせいさ。

だっておれには、青くなんか見えないもん。

……青さに気づいたのは、君に出会えたからだ。

2008年9月28日 野津希美

あとがき

ブルースカイです。世界は狂気に満ちている
……と書き添えてありました。わざわざ背景ブルースカイだった。出てきたのであげておきます。