それからえんぴつ

クレセント

「雨が降ってきたわ」

 彼女は、暗くなってきた部屋に明かりをともし、窓のそばに寄ってそう言った。

「そう。すぐに止みそう?」

 問うと、彼女はクレセントに指をかけロックを外してから、立て付けの悪さに苦労しながらも窓を開ける。
 そうしてから、窓の外へ顔を突き出し、きょろきょろと外を窺って、

「そうね、きっと朝まで止まないわ」

 と、そう言った。それで用は済んだはずなのに、彼女は顔を引っ込めない。こちらからは表情を窺えないけれど、きっと哀しい顔をしているに違いない。どうしよう?

 そうして悩んでいる合間にも、雨音はどんどん強くなっていく。吹き込んできそうなのに気づき、彼女のそばへ寄ったけれど、手を出す前に彼女はピシャンと窓を閉めてしまった。仕方がないので持て余した手でクレセントを閉める。
 そのまま窓の外を窺うと、なるほど、これは道理で止みそうもない。

「傘がないや」

 そして、どうするか、決めた。

「傘くらい、貸すわ」

 彼女のつっけんどんな態度。もう慣れたけれど、もうすこし親切にしてくれてもいいと思う。こちらを向いてくれたって、いいじゃないか。

「それで防げる強さ?」

 すこし寂しくて、遠回りな言い回し。それに彼女は諦めたかのようにひとつ、大きくため息をついて。

「今夜はここへ泊まっていくといいわ」

 全く、最後にはそう言わなければ終わらないことに、最初から気づいていたくせに。どうしてそうも意地を張るのだ。なーんて、そう言わせるまで引く気はなかったのだから、こちらもこちら。

「そうお? じゃあそうさせてもらおうかな」

 それでも、まさかそんなこと言ってもらえるなんて思ってもみなかったわ、というスタンスは崩してあげない。

「ええ」

 こめかみの当たりを押さえた彼女に、白星を確信した。




――




「雨はね。あんまり好きじゃない」

「どうして?」

「寂しくなるの。思い出すの」

「そうなの」

2009年3月12日 野津希美

あとがき

雨が好きなんです。テンション上がるんです。