それからえんぴつ
完璧
彼は基本、完璧主義者です。
ですから、夏と冬が居ないことに不満を抱いておりました。
彼の名は、秋斗といいます。
シュウト、と読みます。
ですが、決してサッカーが好きというわけではありません。
ただ単に、秋生まれというだけです。
秋斗には、春人という名の幼馴染がおりました。
シュントと読む春人の名は、秋斗のそれと響き的にも非常に良く似ており、良く間違えられます。
秋斗は、春人のことを好きでしたから、間違えられたって大して嫌ではありませんでしたが、春人は違うようでした。
やはり、人はみな、自分の名を誇りに思うものです。
ですから、それを間違えられることは、春人にとって、嬉しいものではありませんでした。
それは少し、秋斗を不機嫌にさせる要因となりました。
「しゅーとくん」
どちらを呼ぶ声かは分かりませんが、ともかく、春人か秋斗を呼ぶ声が致します。
「しゅーと」というと、シュウトのような気が致しますが、そう思い秋斗が出向いたところ、春人に用事があった…というようなことが少なからず御座いましたから、出来る限りふたりで返事をするようにしています。
「どっち?」
「ごめん、ハルくんのほう」
ふたりで出向きますと、相手の方は大抵、謝ります。
しかも、ハル・アキと呼んでくれればいいものを大抵がしゅーとと呼ぶのです。
それは、春人と秋斗がセットではなく個別の人間でありますから、たとえば春人を呼ぼうと思いますと秋斗のことは頭を離れてしまうのです。
そんなわけで、しゅーとと呼んでしまうのです。
繰り返しになりますが、秋斗は基本、完璧主義者です。
春人と秋斗も言い分けられない「不完全」な人間は、どう頑張っても許せないのです。
そんな折、とある人間が春人と秋斗の元へとやって参りました。
夏美と名乗るその少女は、「完璧」に春人と秋斗ときちんと言い分けることができるようでした。
また、夏美というその名は秋斗を喜ばせました。
何せ、捜し求めていた夏です。
喜ばないはずがありません。
「しゅんとくん、しゅうとくん」
何故だか分かりませんが、春人も秋斗も、聞き分けることが出来ました。
もっとも、完璧主義者な秋斗は、聞き分けられることが当たり前で、聞き分けられなかったのは言い方が悪かったからだと思っておりましたから、不思議には感じませんでした。
しかし、春人のほうはといいますと、言い分けることの出来る夏美にすっかり感動してしまいまして、秋斗をやきもきさせました。
秋斗はもともと春人の名をきちんと呼ぶことが出来たのです(なんといっても完璧主義ですから!)。
自分の名を呼ぶ機会がなかったがため、気づかれることはありませんでしたが……。
「なに?」
「やっぱり、うれしそうなかお、するんだね」
「どういうこと?」
「あのね、しゅんとくんもしゅうとくんも、なまえよぶとね、とってもうれしそうなおかおするの」
春人と秋斗は顔を見合わせます。
何度も言いますが、秋斗は基本、完璧主義者です。
ですが、ほんとうは、たくさんたくさん完璧ではないことがあります。
今回だってそうです。
確かに、嬉しそうな顔はしたかもしれない。
言われてやっと気づいたのです。
自分の気持ちなんて完璧に理解しているつもりだったのに、言われるまで分からなかったのです。
完璧なんて、ありえません。
秋斗がそれに気づくのはきっと、とおいとおい日のこと。
いや、もしかしたら、気づかずに一生を終えるのかもしれません。
それでも彼は、一生完璧主義者です。
だって、自分の思っていることを変えるだなんて「完璧」ではありませんもの。
了
2007年2月14日 野津希美
あとがき
不満が残ります。シュントとシュウト、という名前はとても気に入っているのですが、上手く使えませんでした。