それからえんぴつ

夜の闇

みんなが寝静まった夜、空を見上げると 取り残された気分になる。
もう寝なさいって叱られるようで。眠れない私を笑われるようで。それでいて優しい。
星が降ってきそうなのに、私は吸い込まれそうだった。

「夜空って、好き?」

訊いたら、あなたは頷いた。

「うん。きれいだしね。星は好きだな」

確かに星はきれいかもしれない。でも訊いていることはそれじゃない。

「星じゃなくて、夜の空。暗くて――真っ暗な空のことよ」

「うん? 空が暗いからこそ、星がきれいに見えるでしょ。だから、暗いのもひっくるめて好きだな」

そう、なのか。

星はきれいだ。確かにきれいだ。でもさ、それがあるというだけで、夜空のこわさが無くなってしまうのだろうか。ひとりぽつんと佇んでいると、夜に吸い込まれそうでこわくなる。永久に闇から逃げ出せなくなるのではないかと不安になる。ねえ、それを取り払ってくれるほど、星はきれいなの?

ぶつけられなかった。あなたは夜、独りで居ることなんてないだろうから。それでも。

「私は嫌い。だって、お日さまを消しちゃうでしょ? あんな明るいお日さまも居なくなってしまうぐらい、夜は暗いの。毎日毎日お日さまは帰ってくるけれど、明日もそう? 保障が無いからこわくなる。それでも星がきれいだなんて言ってられるほど私は強くない」

こんな風に言えば分かってもらえるだろうか。私の不安を。ぶつけられないけれど伝えたい、私の思いを。

「――僕も、強くは無いさ。でも、ずっと太陽が出ているほうが恐いだろう?」

あなたはやっぱり分かってくれなかった。あなたは独りを知らなかった。あなたは私を分かってくれなかった。私の不安を取り除いてはくれなかった。出来ることなら、永久に太陽が出ていてほしいと願っているだなんて、ちっとも知らないのだろう。

質問を変えてみる。

「闇に吸い込まれそうだって思うことは無い?」

「え、なにそれ、暗所恐怖症?」

私の求めるものにかすりもしない答えに、諦めることしか出来なかった。

――どうしたら分かってくれるだろう。分かってもらえないのだろうか。
ねえ、昼間、あなたと会っている間はお日さまが出ているでしょう。でも、夜になるとお日さまが消えて、あなたも居なくなるの。このまま夜が明けなくて、あなたに会えなかったらどうしようって不安になるの。このままお日さまが出てこなくて、あなたも消えてしまったらどうしようってこわくなるの。

お日さまは昼、ふたりを照らす。そして、夜になると闇は独りを吸い込むんだ。

2007年3月20日 野津希美

あとがき

くらい、くらい、夜の空はこわい。サンサンと太陽の光が降り注ぐ、お昼間が好き。