それからえんぴつ

君はもうすぐ死んでしまうらしい

 もしも君が死んでしまったら。
 私は後を追うだろうか。

「寒いねー」
 冷たい風が吹く。5月。少しずつ暖かくなってはきたが、ここは海で、君はワンピースにカーディガンを羽織っただけで。寒くて当たり前なのに。
 波が寄せて、引いて。波打ち際を裸足で歩く君。足跡を、波がさらってゆく。
「何してるの」
「だって、冷たいから」
「既に風邪引いちゃってるってわけか?」
 赤い太陽が、海の向こうに沈んでゆく。空が、太陽の色に染まる。
「なんか、いやじゃない。この時間って」
「どうして」
「夜への境い目みたいなのが、なんだかこわいよ」
 足元に寄る波を、蹴り飛ばす。陽光に反射して、それは、煌いた。
「夕焼けはきれいだけどね。あっち側は、もう夜なんだよ」
 そういって、赤く染まる空の反対側を指差す。確かに、海岸線に沿って走る電線で切られた空は、ずいぶん暗くなっている。
「おひさまは、こんなに明るいのに。こっちはまだ、夜じゃないのに」
 太陽のほうを、振り向く。少しずつ、太陽が欠けていく。
「世界が半分になっちゃったみたい」
 真上を見上げる。そこはもう、夜に侵食されていた。
「そっか」
 言いたいことはわからない。

 太陽が沈む。それでもその赤さは、海の端のほうにずいぶん残っている。
「帰ろうか」
「うん」
 お互い薄着で、体はすっかり冷え切って。そうすると、心まで冷たくなる気がする。
 濡れた足を拭いて、靴下履いて、靴も履いて。君と2人、歩き出す。そうする間に、空はどんどんと、赤さを失ってゆく。
「もう、こっちも夜になるね」
 赤と黒の対比にくらくらする。
「でもさ、明日になったらまた朝になるんじゃない?」
「ちがうよ」
 君はいう。
「朝になるから明日が来るの」
「そっか」
 君のいうことはむずかしい。
「だからね。朝が来なければずっと今日なのにって。あっちに行き続ければ、ずっと今日のままかな?」
 太陽の沈んだほう、西を指差す。そのときにはもう、赤色はすっかりなくなっていた。
「行き続けたら、日付変更線を西にまたぐから、明日になる」
「そっかぁ。じゃあ反対に行けばいいのかな」
「さあ」
 東にまたげば、日付は1日戻る。
「そうだったらいいのにな」

 もしも君が死んでしまっても。
 私は後を追わないだろう。

 君の居た昨日を探して、東へ走るんだろう。すっかり暮れた空に、光る飛行機が消えていった。

2008年5月6日 野津希美
(元の文章はこちら (君はもうすぐ死んでしまうらしい)

あとがき

 実際に日没を見て、ちょっと感動してしまったりして書き直してみました。天動説やら地動説やらなんやら突っ込んでやろうと思っていたのですが、ど うしようもなくなったのでやめました。とりあえずつじつまは合うんじゃないかなあ…。「君」と「私」の見解の相違というかそんなのをかきたかったのです が、まあ無理でした!