それからえんぴつ

ありがとさん 続

翌日も、私は公園へと向かった。
別に、彼に会いたいとか、複雑な理由は無かった。
ただ、いつもどおりに。日課として。
そう、日課として!
言い聞かせたけれど。やっぱり、彼のことは気になる。
行かないほうがいいかもしれない。けれど、日課は続けたい。
行くか否か…迷っていたら、家を出る時間がいつもより少し、遅くなった。

「やあ」
彼は、私より先に、展望台(と呼ばれるけれどただ高い場所にあるだけのところ)に居た。
「どうも」
一応、挨拶はしておく。全く知らない人でも無いし、無視するのは無礼だ。
「今日はちょっと遅くない?何かあった?」
やっぱり、この人はストーカーだ!
「別に。十数分ぐらい、遅いのうちに入らないと思いますけど」
「そう?かなり待ったよ?」
「待ち合わせの約束とかしてなかったと思うんですが」
「ははは。でも、会いに来てくれたんだろう?」
「だ、誰がッ」
「何慌ててるんだよ〜。冗談通じないなぁ」
むぬう。
私はここへ来たことを後悔した。
悔やんでも悔やみきれない。
惜しい人を亡くしました。

「あ、そだ、ねね、えーっと…名前…やっぱり名前教えてよ?話にくいったらありゃしない」
「イヤです」
「じゃあ、勝手に呼ぶよ?…んー…サンちゃん、とか?」
「はあ?」
「サンクスのサンちゃん」
サンクス、と聞いて、英語の出来ない私は、さーくるけーさんくすを思い浮かべた。
しばらくして、サンクス=ありがとう ということに気づいた。
「もしかして、英語、出来ないの?いまどき?」
「いえいえ、あなたの発音があまりにじゃぱにーずいんぐりっしゅなもので、聞き取れなかっただけです」
そういったら、クス、と笑われた。ああ、悔しい!

「俺は、大橋、な。ビッグブリッジ。瀬戸大橋とか明石海峡大橋とかの大橋。カッコイイだろう」
「はあ、そうかもしれませんねえ。瀬戸内海のほうの方なんですか?」
瀬戸大橋、とか、明石海峡大橋、とか。ずいぶん遠くの話だ。
「うん、まあ、な。サンちゃんは?」
「そうですねえ。南のほうから」
「沖縄とか?」
「いえ、もっと南です」
「外国?」
「いえ、もっともっと南です」
「南極点とか?」
「いえ、もっと」
「南極点より南なんて無いと思うんだけど……」
「あなたが知らないだけです」
クス、と笑ってやった。当のビッグブリッジさんは、ニヤニヤしていたけれど、見なかったことにしよう。

「じゃぁ、そういうことで、帰ります」
もう、こんなとこ、2度と来るものか。
そう、決意した。
のに。
「え、ちょっと待ってよ?」
「はあ、まだ何か?」
「今日は、叫んでいかないのかい?」
すっかり忘れていた。ヤバイ。
「クス。やっぱり俺に会いに来たのかな?」

すたこらさっさっさ。
この言葉が似合うかもしれない。
彼の発言を聞いて即、私は走り出した。
これ以上、揚げ足取られていては悔しいし、疲れる。

クス。
サンちゃんが去った展望台で、俺は1人、笑みを浮かべていた。
「明日も来るかなあ〜」
つぶやくと、ありがとさん代理として、町に向かって叫んだ。

続く

2007年1月19日 野津希美

あとがき

私と彼から、サンちゃんとビッグブリッジさんに進展。
こうなったら完結させよう。