それからえんぴつ

ありがとさん 3

右足を靴に突っ込んだところで、我に返る。
はてさて、靴を履いて、玄関を出て、何処へ行くのでしょう。
自問自答。
いつもなら、公園へと向かいます。が、今日も同じことが出来るでしょうか。

公園で出会った、大橋さんとやら。
揚げ足取りが趣味みたいな人で、私の間違いを見逃さない。
私がマジメに言っていることでも、笑いに変えてしまうのだ。彼は。
もう、あんな奴となんか2度と会わない。そう、誓ったはずなのに。何故、私は靴を履こうとしているの?

足が勝手に動く。いや、私の意志だったかもしれない。行きたく無いけれど、行きたかった。
だからこうして、公園へと足を向けている。

「よっ、サーンちゃんッ」
音符やらハートやら色んな記号を撒き散らして、大橋さんが声をかけてくる。

ああ、今までにこんな人、身近に居なかった。
名前を呼んでくれる人なんかひとりだって存在しなかった。
私もまた、そいつらのこころに存在しなかった。
私は私として、形を持って、生きているのに、そいつらの目には映らない。
空気と同じような、存在。
それでいて、あってもなくても構わない、存在。
ああ、だからこそ、自分の中に私を住まわせてくれる、大橋さんに会いたいと思うのかもしれない。
でも、認めないし、信じない。認め信じたせいで、幾度も裏切られたから。

「どうも」
ただの、顔見知り。それだけの存在で、居させてください。

「何か元気ないじゃん?大丈夫?」
この人は、私を気遣ってくれる。
今まで私を気遣う者など存在しなかったから、初めての優しさに触れて、少し焦る。
「ちょっと、落ち込んでて。大丈夫ですよ。いつもこんなもんです」
上辺ばっかりの言葉で、返す。むなしさを感じるけれど、きっと、それでいいんだ。

「サンちゃんって、全然全く友好的じゃないよね。まぁ、いいけど」
彼は、友好的にしたら、ではなく、友好的ではないね、と言った。
何故かそこに、優しさを感じた。
「色んな人に言われます。お陰で友達ゼロですよ」
そういったら、大橋さんは、人差し指を突き出した。
「違うよ。ひとり、居るじゃないか」
誰のことだかちっとも分からなかった。
ぽかんとした顔をしていたら「俺のことだよ」といわれ、少なからず焦った。
「え、あ、あなたが…友達…?」
「そう、友達」
クス、とお得意の笑みを浮かべた。

「私は友達を…知りません。友達って、どういう関係をさすのです?」
「うん?友達?そうだな。俺と、サンちゃんみたいな関係を友達って言うんだよ」
「私と、大橋さん、友達ですか」
「違うと思うのかい?」
そういわれると、悩んでしまう。
さっきまで、ただの顔見知りと思っていた。
でも、やっぱり。
「友達、なんですね」
「そう、かな」
「あれ、違うんですか?」
疑問系とも取れる返答に焦る。
「いや、友達以上かなーなんて思ったりして」
「と、いいますと?」
「恋人、とか」

しばらく、意味が分からなかった。分かったら、絶叫していた。
「はああああああああああああああああああああああああ?」
叫びなれているので、とても大きな声だったと思う。
「そ、そんなに焦らなくても」
「す、すみません」
「冗談通じないんだねえ」
「冗談、なんですか…」
ほっと息をつく。
「あれ、冗談じゃないほうが良かった?」
クス、と笑う。やっぱり悔しい。

「今日は叫んでしまったので帰ります」
「明日も、来るよね」
疑問じゃなかった。あえて言うなら、命令。
来いよな、って言ったのかもしれなかった。
「まあ、多分、来ますけど、保障とか、出来ませんよ。風邪ひくかも分からないし、台風くるかもしれないし」
「こんな真冬に?台風?ありえないって。暖かくして寝るんだよ?」
つまり、風邪をひくな、ということでございましょうか。
「分かりました。命をかけても、明日、ここに来ますよ」
そういったら、頭を撫でられた。
とっても、とっても、幸せな気分になれたのは何故だろう。

私の名前は、長谷円。おさたにまどか。
明日は教えてあげようかな。

続く?

2007年1月24日 野津希美

あとがき

サンちゃん改め円ちゃんの性格が、ずいぶん変わってしまったように思います。
この円ちゃんには、暗い過去があるのですが…その話も書きたいなあ。
長谷は、ハセじゃなくオサタニと読みます。あ、ナガタニエンじゃあ、ないです。
大橋さんの下の名前はどうしよう…