それからえんぴつ

その笑顔

留美奈、小学校4年生の春。留美奈は、4年1組になった。
新しいクラスメイトが騒いでいる。今は休み時間。
「また一緒だね」
「やったね」
一方で、友達と別れてしまったのだろう、1人で居る者もちらほら。そんな人の隣でよく喜べるなと思う。喜ぶのは自由だが、その分、悲しんでいる人だって居るのに。

「香野だっけ?ヨロシク」
留美奈の前の席に座る生徒が話しかけてくる。確か、泉谷直斗といったか。よろしくねと返し、読んでいた本に意識を戻す。
留美奈は、よく言えば誰とでも仲が良かったが、逆に言えば誰ともあまり親しくならず、親友を作ることも、親友と呼ばれることも無かった。
それは、自分を守るためだったのかもしれない。下手に友達を作って、傷つけないためだったのかもしれない。

「おれさあ、友達とわかれちったんだよね。コーノは、友達、居んの?」
話しかけられて、嫌々ながらも、本から直斗へ目線を移す。
「居ないよ。だから、よろしくね」
にこ、と作り笑いをすれば、直斗は本当に笑って。少し、悔しいなと思う。心の底から笑うことなんて、とっくに忘れてしまっていたから。
そこに、ぎゃいぎゃいと騒ぐ声が聞こえる。それを聞いた直斗は声を潜める。
「あー…ちょっとひどくね? おれら、友達居なくて寂しいのになあ?」
思わず、笑ってしまった。全く同じことを考えている。
「そだよね」
「あ、でもさみしーってことはねぇかな」
「なんで?」
「ん、コーノ居るし?」
軽く笑いあう。気が合うな、と思った。本気で笑っているわけではないけれど、それでも、楽しい。
友達と同じクラスになれた者をうらやむでもなく、自分の境遇を嘆くでもなく。ただ、寂しいと。それだけこぼした直斗に、好意を抱く。自分も同じように考えていたけれど、考えるだけで改善しようとは思わなかった。それなのに、直斗は新たな友達を作るということで改善しようとしていて。それは普通の、ごく当たり前のことなのかもしれないけれど。でも、自分には出来ないことだった。

しばし降りる沈黙。
「あ、何々。ナオー。早速ウワキデスカ? えーっと、留美奈ちゃんだっけか。よろしくねん」
そこに割り込んでくるツインテールは、津崎利香と名乗っていた。おっちょこちょいだと自己紹介していたその場で、すかさずおっちょこちょいなところを見せてくれたのは、記憶に新しい。ウワキとは何のことだろう?
「えっと。津崎…サン? よろしく」
「利香でいいよん。留美奈って呼んでいーカナ?」
こういう、一方的なのは苦手だった。ただ、下の名前で呼び合うだけで、友達という称号が与えられるのならば、それでも良いかと思った。
「いいよ。利香ちゃん、で良いのかな?」
「うんうん」
「…で、ウワキって…?」
「それがねえ、ナオ、将来を誓った恋人さんが居るんですよ!」
語尾にハートマーク。

利香の話によると。“将来を誓った恋人さん”は男で、高野和人、カズと呼ばれているそうだ。去年までは直斗と同じクラスだったという。男!? と驚く留美奈に、利香は追い討ちをかける。
「ナオは女の子だったんデース」
正直、思考回路がついていかない。
「女の子じゃなーいっ。服の趣味が、その、女のそれに似てただけだろっ」
直斗が反論するも、暴走する利香は止まらない。
「マ、とにかく、女物の服着てたんですヨ、ナオは。んでまー、小さい頃はかわいいし? あ、ナオとカズとあたしは幼馴染でね、生まれたときから一緒なのよ。みっつぐらいのときにはもう、ナオは女の子でさあ。それぐらいのときって、オママゴトとかするっしょ? それで……」
利香の口がふさがれる。
「いいだろっ。ガキの頃の話だ! 時効時効!」
何となく先が読めて、笑ってしまう。おなかの底から声を出して笑った。直斗に必死に止められても、笑い止めることは出来なかった。久しぶりだ、こんなの。

このときは。利香と親しくなるなんて、親しくなれるなんて、思いもしなかったんだ。でも、いつの間にか、利香は親友という位置に納まっていた。
それは、留美奈にとって初めてのことで。少しばかり、留美奈を驚かせた。
だんだんと、世界が色づいてゆく。時間を巻き戻したかのように、鮮やかな色が蘇ってゆく。

続く

2007年4月16日 野津希美

あとがき

4年の頃ってこんなもんだよな。多分。明かされたくない過去。
泉谷直斗=いずみや なおと
津崎利香=つざき りか
香野留美奈=こうのるみな
高野和人=たかの かずひと